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自己責任とか

この国には、「盗人にも三分の利」という言葉がある。
ということは裏を返すと「被害者にも三分の責任」と考えているということか。

一時「自己責任」と騒いでいたメディアなのだが、
「日本人は人道主義に駆り立てられた若者を誇るべきなのに、政府や保守系メディアは解放された人質の無責任さをこき下ろすことにきゅうきゅうとしている」と批判した。
という海外の意見を見て、今度は逆の意見がいっぱい出始めた。

「行動に関して、本人の善意とか信念とかはあまり評価の対象にせずに、むしろ慣習と周囲意見への準拠を求める」

ってのは、とても日本的ではある。
私はこういう考え方苦手なのだが、
でも、それはそれで、社会的には役に立っている面もある。



おおかた記者会見では
「世間をお騒がせしましたことをお詫びいたします」
と言うのだろう.僕でも、とりあえずそう言う。

でも何が起こっても世間は騒ぐのだ。
広末が妊娠すれば世間は騒ぐし、長島が脳溢血で倒れれば世間は騒ぐ。
そのたび当事者はお詫びするのだが、騒ぐほうは騒ぎたくて騒いでるんだろう。

問題は「何かが起こる」という点で、
本来日本は、何かが起こっちゃいけない国なのだ。

あるいは
「ご心配をおかけしまして、大変申し訳ございません」
というのだろうか。
少なくともインドヨーロッパ語族の言語だったら
「心配してくれたことに、感謝します」
という言い回しをするのではないだろうか。
ただし、これは、言葉の使い方=文化 の問題で、どっちがいい、わるいを言うつもりは無い。

基本的には、一般の人にとって心配は義務ではない。と僕は思う。
「心配してやったんだから、謝りなさい」といわれても結構困る。
でも、確かになかには心配を義務にしなきゃいけない立場の人もいる。

そして日本人は、義務感に駆られるのが大好きだ。

今回の誘拐も、あからさまに
お茶の間のレクリエーション
だったのではないかと思うのだが、・・・そういう発想はタブーなのだろう。




理想的な筋書き、というものがある。

・純真無垢な犠牲者が痛い目に会う。
・みんながワイドショーで心配する。
・涙の解放
・皆さんが心配してくださったおかげです
・みんなハッピー

という予定だったのが
「お詫び」の儀式が無いと、「心配してあげた僕たちのおかげ」にならない。
だからカタルシスが無い。
その日本的なカタルシスの欠如が、「自己責任!」と荒れていることの原因のひとつかなあ、と思う。



で、この「お詫び」についてですが

おそらく
■イラクで反戦活動をしたことをお詫び
■海外で隙を見せたことをお詫び
ではない。
少なくとも意図においては、前者の意見は評価されるべきだし、
車の検閲で拉致されたのだから、「隙を見せた」わけではない。
まあ、
「イラクに行くこと自体が隙だ」
「いい子ぶって反戦とか言ってんじゃねえよ若造が」
という大衆意見が一番の根っこにあるかもしれませんが。

あえて言えば
■お上の言うことに従わなかった
というルール違反を責める、という話なのだろう。
あと
■日本の税金をわれわれの救出のロビー活動に使ってしまったことをお詫び
だろうか。
それはあるかもしれない。うん。
ただそれは、北朝鮮に拉致された場合でも同じことだ。

「社会正義」ってのは弱者を救済するための相互補助機構だ。
だれかがピンチになったら、不当なほどコストを使ってでも助けるのが
「安心できる社会」ということになっている。
それは、基本的に正しい。
「安心」という共通神話は、社会を安定に維持するために必要なのだから。

ただ、「コスト発生の再発を防止したい」という欲求はある。もちろんある。
それが今回の
「自腹切らすぞ、ゴラア」という発言につながるのだろう。
まあ、再発を防止するために釘をさす、という意味で、そう間違ってはいない。

そもそも日本人は「問題の早期発見」が大好きだと思う。
私の勤めてる会社は、とっても日本的な会社なため、
こういう「問題の再発防止」ルール作りが大好きだ。
誰かがディスプレイ持ち上げて、ぎっくり腰になると、全社に
「10kg以上のものは2人以上でもちあげること」
というお達しが回ったりする。
どんな小さな事故でも、書類を書かされる担当者は必死になってなんかの原因をでっちあげる。
あんまりルールが多くなりすぎて、ほとんど読まれないが。

まあ要するに、倫理的な良し悪し と 社会運営上のコストマネージメント はあきらかに別物で、日本の社会では、(知ってか知らずか)後者が上手くいくようなシステム(いわゆる日本的社会主義)が出来上がっている、というだけのことだ。

「ひとさまに心配かけないように生きていくこと」が、日本人の目標の一つ。
だけどこれは、波乱万丈な人生を望む人間とは真っ向からぶつかる。



日本人は連帯に長けた民族、だそうだ。
悪く言えば横並びの好きな民族ということか。
だからルール違反には、必要以上に気を使う。
「危険だから渡らない」のではなく
「赤信号だから渡らない」

さらに同じルール違反でも
「赤信号でみんなが渡らないのに渡る」
「赤信号でみんなが渡っているから渡る」
の間では行為の社会的評価が全然違う。

今回のイラク拉致では
「赤信号でみんなが渡らないのに渡った」
というのが一番の問題とされたのだろう。
危うきに近寄るな。
事無しはよき事かな。
杭は出るな。
まあ、そんなところでしょう。

僕自身は
「勝手にやるから、野垂れ死にしようが、ほっといて」
というタイプの人間なのだが、そういう人間にはこの国は生き難い。
天が許しても、町内会は許さない。
でもまあ、そういう国だから安定して繁栄している、ってのは事実だ。

あと、「海外には町内会が無い」ってのは間違いだと思う。
その代わりに「教会」「モスク」があるのだ。
右向け右。でも僕の右は君の右とは限らない。



結局、今回の事件は
「日本は何があってもアメリカの指示に従います」
という意思を示したことが結論か。

あと「そもそも海外の問題に口を出すな」
という意見も育つかもしれない。NGOも含めて。

まあ、それはそれで、なんとなく安全な国家を作るにはいい。
現にそのギミックは結構上手く働いているし。
ただ個人的には、日本特有の「なんとなくファシズム」が流行るのは嫌だ。
どうするのがいいのかねえ・・・。

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