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世界の中心で革命を叫ぼうとしたマトリクス(2)

前回の書き込みを自分で読んでみると
なんか70年代の反体制大学生の妄想みたいに思われそうです。

いや、僕も確かにビジネス嫌い人間なのですが、この「Aスミス=アダムスミス推測」については、「監督→ジャンボードリヤールが好き」というコンテクストから結構自然に出てくるものと思います。

で乱暴を承知で、マトリクス理解に必要と思われる部分について、私のジャンボードリヤール理解を簡単にまとめて見ますた。
「消費社会の神話と構造」('70年)
「象徴交換と死」('75年)
「シミュレーションとシミュラークル」←これがマトリクス監督の推薦書
「透きとおった悪」('90年)
「湾岸戦争は起こらなかった」('91年)
「世紀末の他者たち」(マルク・ギヨームとの対論)

私は専門家でもないし、斜めに読み飛ばしたのでいろいろ至らないとは思いますが….あと、肝心の「シミュレー…」を未読です。怒らないで下さりませ!図書館に無かったのですもの!

ジャン・ボードリヤールの超訳的簡略概説
世界がモノであふれている!ってな煽りがこの人の初期の思想の屋台骨。
まあ、煽ってます。この人、めちゃ煽ってます。
日常生活において消費者は「モノ」を買って、消費していると信じているが、実際に売り買いされているものは「モノ」ではない。モノが生み出す「差異」である、とかなんとか。

まあ、この発想でわかる通り、この方、基本的にはマルクス主義ベースの人でアメリカ式資本主義は嫌いな人なんですね。「XXXを契機にマルクス主義からは離別」という決まり文句が言われていますが、三つ子の魂百まで、かと。
いわゆるマルキシズムとの違いは、「我々は「本質的には』モノを流通させているのではない。記号を交換してコミュニケーションを図っているのだ」というスタンスにあります。
そこで出てくるのが、モノが記号としてやりとりされる時にかかせない「差異」というキーワード

■差異
彼の言う「差異」ってのは、いってみれば
「違いのわかる男、ネスカフェゴールドブレンド」
という広告文句の「違い」に相当する部分なのであろう、と思われ。

私たちが野蛮人だったら、ブルーマウンテン飲もうが、ゴールドブレンド飲もうが、
「にがい」
と言っておしまいなのでしょう。でも私たちは「文明人」なので、そう言ってられない。
「まったりとして、それでいてコクがあって、舌の上でワルツを踊るような苦味だ」
とかなんとか、わかった顔をしてコメントしなきゃいけないわけです。
そういうコメントしてコーヒーを飲み比べていると、そのうち「違い」もわかってくる。
こっちは高級な味。こっちは安物の味。学習できるようになる。
しまいには
「こんな安っぽいコーヒー豆使うなんて客に対する侮辱だ!」
とか叫んで、海原雄山よろしく店をののしることもできるようになる。
その「野蛮人にとっては些細な違い」を「差異」としてありがたがることこそが文化である。

#即ち、「萌え絵」と「へぼ絵」の区別ができることこそ現代的文化人である、と。
#このあたりの萌えと現代文化議論にご興味あれば、「動物化するポストモダン」とか「僕たちの洗脳社会」ご参照。


で、周囲にあふれる宣伝広告によって、その「違い」がいかにすばらしいものであるかが、賛美される。
違いがわかる男」は「違いのわかる作り手」と連帯して、お互いにほめあい、周囲にはもっと賛美される。
気が付くと「違い」が欲しいのか、「賛美される俺」が欲しいのか、わからなくなってくる。いやまあ、「賛美される俺」が欲しいに決まっているのだが。

「違いのわかる男、ネスカフェゴールドブレンド」
この広告は、「あなたが違いのわかる男ならば、ネスカフェゴールドブレンドを飲むはずだ」という意味ですよね、明らかに。・・・まあ、違いがわかるならインスタント飲むな、という突っ込みは置いといて。

そうやって、モノは「違い」を添付されて、「商品」になっていく。いわゆる「付加価値」の世界。

航空会社としては、ファーストクラスの座席にビジネスクラスの座席の何倍もかかっているわけじゃ、ない。でもファーストクラスに乗る人は乗る。ステータスだから。そこにファーストクラスがあるから。
ファーストクラスの快楽」は肉体的な快楽の差を超えて、「違い」を楽しむためにある。だから「高い付加価値」がついて当然。

そういう「違い」を追いかけているうちに、「ハイパーリアル」と呼ばれる世界が出来上がる。
(ハイパーリアル、ですよ、かっこいいですねえ。片っ端から「ジャン用語」を作って、その用語をかっこよく使いまわすことがジャンボードリアール=スタイルの魅力の秘密なのかなあ、とか、一読者としては思ってます。)

■ハイパーリアル
でなんだかんだで気が付くと、私たちの周りはハイパーリアルで構成されている。
「違い」によってだけ、特徴付けられる消費社会。
「他社製品よりもいかに優れているか」というブランドを提供しあう。当店では、隣の芝生よりも、よりいっそう緑な芝生をソリューションサービスいたしますよ、お客様。
その沢山のブランドを身にまとうことで、人間は「レベルアップ」を図ろうとする。

こうして人間の「スタイル」はモノの「差異」によって特徴付けられる。

こうなると、もう、普通に生きていて「リアル」を見ることはできない。
(むしろ「リアル」は消費のためにブランド付きで販売される。「癒しの空間、自然を歩こう」等等等。)
どんなに目を凝らしても、目に映るのは「ハイパーリアル」だけ。
消費するためにデザインされた世界。
「誰か」の用意した現実。
でも、もちろん責任者の「誰か」を探しても存在しない。あるいはむしろ、消費するために責任者が用意される?

かといって、リアルを求めて「システム=文化=社会」から抜け出しても、そこには荒涼とした砂漠が広がるばかり。さあ、どうする?

ってのが、ジャンボードリヤールの描く世界の基本概要…と私が理解しているもの。
ちょっと私の主観とかが混じっているので、ちゃんと知りたい人は、本人のご本をあたって下さい。
それらの本では、こういう議論から始まって、「他者性」とかいろいろな概念が加わっていくんですが、…この先はご自分で読んでください。
そもそもジャン・ボードリヤールの議論の真骨頂には、この概説はまだ全然たどり着いていません。
とりあえずは後述のマトリクス解釈に関連しそうな基礎知識だけ書いただけです。

■差異と脳と学習
あと、ジャンボードリヤールの概説からはちょっと外れますが、この「差異」の筋書きは「脳」という情報処理器官の動作仕様に正しく適応しているように見えます。つまり、「基本パターン」をひたすら学習して、基本パターンが脳に焼きつくと、今見ているものと、基本パターンとの小さな違いも認識できるようになる。
逆に基本パターンを無視したモノを気持ち悪く思うようになる。

つうか、学習が進むと「基本パターン」が存在すること自体がそもそも理解できなくなる。
毎日歩く人間が、歩行動作をアルゴリズム化できないがごとく。
長島茂男が、野球の仕方を理論的に説明できないがごとく。

したがって、反復と学習である文化に脳を慣らしたあとでないと、次の段階には進めない。
バット1000回振らないうちは、ダウンスイングなんてできないわけです。
一日500回正拳突きしないと、菩薩の握りなんてできないわけです。
スケッチ毎日しなければ、絵なんてかけな・・・あ、しまった、自爆。僕の心が痛いよ、ママン!…描かなきゃ。
さあ君も一日5000回ジャブを練習して、引きこもりから不良狩りにレベルアップしよう!てなもんで。

この種の「努力&レベルアップ」思想が行き着く先ってのはホント、インフレ型マッチョイズムですね。はじめの一歩的というか、RPG的というか。…まあ、それはともかくとして

■マトリクスにもどって
このあたりで、マトリクスとの関連性が見えてくるのではないでしょうか。
映画マトリクスの描く
マトリクス内の世界」ってのが
ハイパーリアル」に対応すると考えると、
「君の目の前のこの世界は虚構の世界だ」というのが、監督の基本メッセージになるわけです。こんなに簡単に言葉にすると安っぽくなってしまうのですが、まあ、そういう意図でしょう。

関係ありそうな部分を引用すると、
MATRIX FAQでは以下のような記述があります。

ジャン・ボードリヤール(Jean Boudrillard)著「シミュラークルとシミュレーション(Simuracres et simulation)」からの引用です。
「『父』も『母』も消えた。それは主体的な危険の解放のためではなくコードと呼ばれるマトリックスに有利に働くためだ。母も父もないない、マトリックスだけだ。そのマトリックス、遺伝子コードのマトリックスが、あらゆる危険な性欲を除外してしまった操作法則に従って今後無限に子供を生む。
→ 【コード表 & 胎盤】
『世の中に存在するあらゆるものは具象的であれ、抽象的であれ実体(Entity)と関連(RelationShiip)という2つの概念で表現することが可能である』

この手法と使ってデータ分析を行うのに使われるのがERダイアグラム→そしてその作業段階で使われるのがマトリックス(簡単にいうと「表」)です。データ分析をしたその先は次の段階としてはデータベース管理システムで管理をすることが一般的です。Oracleは預言者で出てきますが、もともとの意味は『神託』『神のお告げ』の意味なんですが、業界で屈指のデータベース管理システムの会社の名前でもあります。

以上、引用

■スミス
で、
 ・マトリクス:全体主義的な政府 (友人の意見)
だとすると、Aスミスの象徴するものの可能性として、
 ・エージェント:当局からの代理者
 ・スミス:一般的な(平凡な)名前の代表
という可能性もあるんですが…
どうなんでしょうねえ。「政府」「お役所」ってのは、所詮看板でしかなくて、実権と問題はそんなところには無い、という方がが映画マトリクスの姿勢のような気がする。
だって、スミスの上司とか出てこないし。…同僚はいるのにね。

というくらいで長くなりすぎたので、また次回
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