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思春期的アイデンティティ補足

先日の「思春期的アイデンティティと、その対立」ですが
話題が話題のため、コメントが多かったのでレスをこちらに。
イキルさんが
>だから私達にとっては、ひたすら考えて動いて
>何かに気づいていくことがとても大切だと。
と書いていましたが、同感です。

「なんで、あの頃の我々は勝てない戦争を始めたのか」
「もう一回おんなじことが起こるのを避けることはできるのか」

私個人は、それが知りたい。
次はそれを避けることができないのか、それが知りたい。
この理由が、ABCD包囲網とかの「他人のせい」だとすると、
おんなじことがもう一回起こっても、避けられないという
ことになってしまう。

■喧嘩に勝つということと、負けないということ

ひろぽんさんの

>「勝てば天国負ければ地獄」
>やらないに越した事はないし回避する為の最大限の努力
>(防衛力の強化も含む)をするべきですけどね。
>やるとなったらどんな手を使ってでも勝つ。

という意見ですが、
私自身も、ドライな面で似た様なスタンスです。
どんな反則手でも辞さないタイプです。
(ただ「防衛力の強化=回避の努力」と言われると、ちと疑問ですが)

だからこそ、あの頃の我々が 「勝てない喧嘩を始めた」 ことを
チマチマと心情論で正当化してしまうのがイヤなのです。
私が小林よしのりの「戦争に関しての意見」をあまり評価しない理由は、
その「アンチ自虐」という「心情論」が
「過去の自分達の行動への肯定」 側を向いていて、
「他者と共存する選択肢」 にあまり役立たなさそうという、
その点においてです。

私は、ドラえもん6巻の教えを守って
「勝てない喧嘩なら初めからするな」主義
・・・というか
「勝てる喧嘩であっても、原則では喧嘩は恥と思え」主義。

負けてもしなけりゃいけない喧嘩ってのはあるんですけどね。
のび太がアイデンティティを示すために、ジャイアンと戦ったように。
でも、あの戦争は、そういう利益を離れた大義のある戦争じゃあない。
#というか、他者の立場に立とうという「仁」と「侠」が無い。

喧嘩には
・負けてもなお意味のある喧嘩
・勝つとメリットのある喧嘩
・勝たなきゃいけない喧嘩
色々あるわけですよ。

あの大戦、「石油(etc)利権のための喧嘩」ってのは
所詮は「勝つとメリットのある喧嘩」。
そういう意味では中東を攻めるブッシュと変わりません。
領土を攻められている側だったら「負けてもなお意味のある喧嘩」
なんですけどね。

最終的に負けたのも、
「戦争しなきゃいけない事態に陥った時点で、既に負け戦」
という、長期的な戦略ミスでしょう。
この戦略ミスの根本は「むやみに周囲に敵を作りすぎた」という、
もうその単純なポイントに尽きるんじゃないかと。

*

負けっぷりとか負けた後の点について
袋叩きだったとか、裁判がアンフェアとか、色々言われてますが
そもそも
「周囲の誰も日本の勝利を望まなかった」という状態を作ってしまった。
地球の反対側のナチスくらいしか、お友達を見つけられなくなっていた。
その開始時点で手詰まり。
戦術面だけでは戦略面の失敗は挽回できない。
(まあ、東南アジアあたりでお友達作りの広報活動をした
 ハリマオ効果は、いまだにある程度生きているわけです。
 あの点だけについては、評価しても良い)

何で周囲に敵ができたかというと、
多分、国家の「成長中毒」というか
「司馬遼太郎神話の限界線」というか
・・・まあ、それは長くなるので、別に論を立てますかね。
「大東亜共和云々」とか、分析すると長いし。

*

要は

あなたの勝利を祈る「味方」を、周囲に作れ
あなたの敗北を祈る「敵」を、できるだけ減らせ

国家だろうが個人だろうが、これが生き残り戦略の基礎です。

*

「国」を人間に見立てれば、「頭」と「心」とがある。
頭は国家・政府で、心は国民感情。

「頭」は「利益」によって、お互いに結びつくし、
「心」は「共感」によって、お互いに結びつく。

利益はすぐにひっくり返るが、共感は長持ちする。
心の間がギクシャクすれば、理屈も通らなくなるのは道理でしょう。

「頭の味方」よりも「心の味方」の方が、安定する。
だから、むやみやたらと「心」同士でいがみ合うのは、
損得勘定の面で見たとしても、個人的にはお勧めできない。

こう書くと、打算的な友情に見えますかねえ・・・?
まあ「誠実であることはベストの戦略」というのが私の信念ですので。



■思春期の先
uranyaさんが
>昨今の愛国心高揚と見られる動きは、
>従来の全否定から是々非々に向かおうとする運動として、
>比較的好意的に見る立場なんですが、
>まあ思春期なんですかね(笑)
とご指摘していた点ですが、

私は思春期だと思います(笑)

ただ、思春期は、必要な通過儀礼です。
周りから客観的に見れば恥ずかしい行為ですが、
これを経ずに健全な成長することもできません。
矛盾するようですが、その意味で、小林よしのり的な
「ゴーマニズム」は重要なものだとも思ってもいます。

あえて理想論を言えば
思春期の叫び声を無理やり押し殺して、
諦めて「オトナ」になるのであってはいけない。

思春期の「俺・俺・俺・俺」を、
自らの意思で乗り越えて
他者を愛せるようになって、
それで初めて「大人」になるものだと思います。

「オトナ」である条件は、他人を許容できることで
「大人」である条件は、他人を愛することができることです。

なぜ欠点だらけの他人を愛することができるかといえば、
自らが欠点だらけであることを認めることができたから。
そのためにこそ、思春期を「乗り越え」なければいけない。

*
山田さんの
>嫌なことがあっても頑張って付き合っていこうよ?的なスタンスです。
という意見については、おっしゃる通りと申しますか。
「他人」というのは、どうやったって「完全に満足」
になる可能性なんてないものですからね。
他人の欠点ごと付き合っていかなきゃ生きていけない。

*

・・・と、ゆーよーな事を「ひぐらし」の最新話
やって思ったわけですけどね。
ひぐらし、おもしろかったですわ。ええ。




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