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インド編(2)

正露丸事件 顛末記

始まりはちょっとした思いだった。
インド遠征中の我々が、この黒い丸薬に手を伸ばしたのは。
全てが歴史の闇に消えようとしている今、わたしはこの事件の顛末を後世に残すべく、この報告書をブログに記述しようと思う。

正露丸。
日露戦争のさなかに、大陸に渡った日本軍の内部で流行っていた食中毒の解消に用いられたと言われる、クレオソートを主成分とした深茶色の丸薬である。
今や、日本のどんな家庭にもあると思われるその丸薬。
それを我々のインド強行軍に推参したのは、私とN2さんの二名であった。

「予防にちょっと一粒飲んでおくか」
その判断をはじめに行った隊員が誰であったか、私の記録には定かではない。
おそらくはWKB隊員か。
初日の晩にホテルのカレーを食べた直後であったはずだ。

「一週間インドに行く?絶対に腹壊すよ。時間の問題。
 まちがいないね」
出張でインドに行ったことのある職場の先輩から私が受けたアドバイスである。

私のみならず隊員達は、食中毒の不安に背中を押され、その視線はあやしくさまよっていた。そんな中の「正露丸」「予防」という言葉の甘い響き。
私も「予防薬」の波に加わり、N2さんもまた加わった。

その強烈な香り。
いかにも「薬」という感じを受けるその香り。
・・・・効きそうだっ
福本伸行のマンガであれば、我々の後ろには「ざわ」という効果音がかかれていたに違いない。
その独特の芳香は我々の理性を揺さぶるに十分なほどの信頼感に満ち溢れていた。

翌日の食後にも、小さな声があがった。
「正露丸、いっとく?」

とりあえず、正露丸のんでおけば、腹の中を消毒してくれるだろう。
クレオソート。強そうな名前だ。
我々の間で、そのブランド価値は信じられないほどの上昇を見せていた。

黒ダイヤ

それが、このインド戦役において我々がその丸薬に与えた呼び名であった。
われわれの間で毎食後、声があがった。
「正露丸ターイム」
「黒ダイヤ、黒ダイヤ」
「今日はお父さん、思い切って3粒いっちゃうぞ」


この信頼は続いた。3日目まで。
その事件が起きたのは3日目である。



N2さんが自分の正露丸のビンを、それまで飲んでいた私の正露丸のビンの隣に置いたときである。

「あれ?違うぞ、この正露丸」

N2さんの正露丸にはラッパのマークがついていた。それまで飲んでいた私の正露丸には、そのマークはついていなかったのだ。

読者の方々は、このようなサイトをご覧になったことがあるだろうか?
そう、正露丸には大幸薬品とサードパーティとの間で、商標ライセンスの争いがあったのだ。我々は国内で起きているこれらの正露丸問題には無知であった。
私の保持していた正露丸は、― つまり我々が服用していた正露丸は ―、和泉薬品工業のものだったのだ。

ぱ、パチモン!????
我々の間で、それまでの信仰が揺らぐという激震が走った。

我々のプラシーボ効果を支えていた「ブランド」にひとつのがついた途端、我々の間を様々な不安が走った。生まれてからこの日まで、正露丸はこの赤いフタのブランドだと思っていた私の衝撃は特に大きいものであった。

まあ、薬用成分は似たようなものだったのだが、若干の違いがあり、なによりN2さんの正露丸の一粒あたりの大きさは、私のものよりも一回りおおきかったのだ。

議論は白熱した。

結局、我々の間で、真・正露丸、偽・正露丸、という差別化のための名前が生まれ、ブランド格差が起こった。
「ラッパのマーク」「大幸薬品」
CMで日ごろ聞いているブランド価値は絶大であった。
その圧倒的なブランド価値を制したN2さんは、まさに勝ち組となった。


さらに追い討ちのようにN2さんは、あらたな薬品の戦線投入を行った。
ビオフェルミン錠である。

旅行の緊張感による影響か、正露丸の副作用か、はたまたガンジス川と大量のカレーのお恵みか、極度の便秘状態にあった私は、一も二も無くこの薬品に飛びついた。

そして、この薬品は「白ダイヤ」と呼ばれた。

N2さんはの座を得た。



あー。念のため付け加えておくと、ホントの所は別に大幸薬品以外がパチモンというわけじゃないです。「ラッパのマーク」は大幸薬品のブランドですが。



黒ダイヤと白ダイヤ。合い反する二つの薬品を体内に投入して、自分のホメオスタシスを文明の力によって制御しようとする必死の努力。
戦役の後半、私の不安感が呼ぶ薬品依存性は確実に上がっていた。
そう、あたかも、明日を見ることを望まず今日を生き抜くことを選んだ薬物戦士、ジャックハンマーのように。

疑心・暗鬼
疑いの心は暗がりに鬼をも見出す。

もはや、ガンジス川で蚊に刺されたところに、抗生物質の入った傷薬を塗ってみたくらいの勢いであった。いや、まじでまじで。



最終的に、我々の中で、食中毒に達した者は出なかった。
それが、我々の慎重な食物の選択に起因するものか、黒ダイヤの効果なのか、わからない。
しかし、黒ダイヤは一つの被害を出した。

「服が正露丸臭くなってました」
それが旅を総括したWKBさんの言葉である。



正露丸物語 −その歴史−

私は、このブログにこの正露丸問題を記するにあたり、webで綿密な調査を行った。
そう、だいたい7分間くらい。

そして、正露丸の血塗られた歴史を知ったのである。それらの情報は、webの各所に公開文書として記されている。

まあ、少年マガジンの歴史マンガ風に要約するとこういうことになる。



時は明治の世。
後の世に日露戦争として知られる戦争は、その闇を深めていった。
ロシアの大地において、一人、また一人と食中毒に減っていく兵士達。
その対抗措置として、一つの命令が下された。

クレオソートの錠剤を予防薬として常時、予防のため服用すること。
響き渡る司令部からの伝令

しかし、司令部と現場との差は埋めがたいものがあった。
「腹痛は、現場で起こってるんだ!会議室で起こってるんじゃない!」
「だから、この丸薬を飲めと言ってるんだ」
「くっさいねん!これ」
多くの兵士達が、服用を拒んだ。彼らにとって、健康とは自分達の誇りであった。
そこに「薬」を導入することは、健康に対する冒涜であったのだ。

しかし、兵士の減少は、戦局に致命的な影響を与える。司令部の議論は続いた。
その中で、一人の仕官が、中指でゆっくりとメガネの位置を治しながら呟いた。
「私に、考えがあります」
その唇は静かな笑みに満ちていた。

その丸薬には「征露丸」という名前が与えられ、
なんと大正天皇陛下じきじきの服用命令が軍隊内伝えられた。
“服用は明治天皇の大御心である”

衝撃は大きかった。
「陛下がーっ。我々のためにーっ、お薬をめぐんでくださったんじゃー」
「な、なんておやさしいのじゃっ!この御恩、命に代えてもっ!」
兵士の口には嗚咽が漏れ、目には一筋の涙が輝いた。

・・・・日本最初期のブランド商法である。

ブランド価値は、暴走した。
陛下の征露丸一粒と鶏一羽が取引されたり、
おそれおおくも褌に入れておくと弾が避けて通るようになったりした。

そのブランド価値は、神の薬として戦後も残った。
歯がいたけりゃ、正露丸つめとけ。
風邪?とりあえず、正露丸のんどけば治る。

先生、正露丸の主要成分に「プラシーボ」が書いていないのは良くないと思います。

(以上、原作はこことかこことか。念のため言っとくと、私の記述をあんまり信じないように。誇大演出をジャロに訴えられても困ります。)



正露丸のクレオソートが、どうして腹痛に効くかのメカニズムは、いまだ不明らしい。
大幸薬品の伝統薬ロングセラー物語に「進む作用機序の解明」と書いてある。
現在進行形かよ。

ただ、「腹の中を消毒してくれる」という我々の信仰は、どうも事実無根であったらしい。
どうも、本質的には腸の動きを止める「麻痺薬」っぽい。

正露丸を出しているサードパーティは山ほどある。ブランドと資本主義の熱い共生関係。これもwebが教えてくれた事実である。

あと、あんまり体によくないという評判もある。
もちろん、製薬メーカーとしては反論もある。
とりあえず、予防薬として無闇に飲むのはあんまりよくなさそうである。


■考察
・我々は、インターネットの力なくしては、大正時代の信仰から進化できない。
・情報の不足した環境において、ブランド価値は絶大な権力を示す。

それが、この正露丸事件から私の得た教訓である。
この教訓を以って、この報告書を締めくくることにする。




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非公開コメント

はじめまして
毎回読ませて貰っていたのですが
正露丸話が余りに面白かったので
勢い余ってコメントしてしまいました
これからも楽しく読ませて貰います
それでは

ありがとうございます。
ネタ絵の時には、反響がわかりやすいのですが、テキストベースのときには結構不安だったので、ご声援嬉しいです。これからも頑張る…かどうかはわかりませんが、ぼちぼちとやっていきますので、期待せずご覧いただけますと嬉しゅうございます。
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