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はとがでますよ

「鳩が出ますよ」
そう言って、黒い燕尾服の男が箱の中に手を入れてから、随分時間が経っていた。
「出ないんだろうな」
皆、そう思っていたが口に出して言い出すものはいなかった。
やけに静かになった部屋に、咳払いの音がする。

  ***

――タネも仕掛けもございません――
燕尾服の男は始めにそういった。ポーカーフェイスは全く崩れなかった。

多分、本当にタネが無いんだ。勘のいい数人は早速気づいた。だけど、鳩が出る、と言うほかには無い空気だった。

鳩は出なければならない。たとえタネは無くとも。そうわかっていたから、その数人もあえて反論しなかった。少なくとも、そのポーカーフェイスは敬服すべきだ。
皆が拍手をした。

そして箱に手を入れて・・・・2時間が過ぎようとしていた。

  ***

「鳩かあ・・・」
場をつなごうとして、前にいた人がつぶやき始めた。
「あ、あれですよね、鳩ってのは平和のシンボルなんですよね」
あくまで期待にあふれた顔をしているようだが、やや表情は固い。

「そうそう、その割りに結構害獣扱いされていたりね」
横のやや髪の薄い男性が、笑顔を浮かべながら話を続けようとした。

面白くもなんとも無い話題だが、今までの気まずい空気に比べれば遥かにマシだ。皆、表情を緩めてうなずいた。
その場の皆、気まずいのは同じ。そして一番気まずいのは、箱に手を入れている燕尾服の男に他ならない。それがわかっているから、全員なんとかして場をつなごうとしている。
鳩が出ないと困るのは皆同じだ。

とりあえず、この場をつないで、今をどうにかしなければ。問題の先送りには違いないが、事態をうやむやにするいいタイミングが生まれないとも限らないだろう。

  ***

「出るわけがねえだろ!」
その声に、周りの人間がぎくりとした。
後ろにいた若い男が周囲に聞こえるほど大きな声で変なことを言い出した。
そばにいた温厚そうな年配の男性が、若い男の肩に手を置き、小さな声で何かを諭すようにボソボソと話し始めた。若い男は眉間にしわを寄せたまま、その男性と小さい声で言い争いをした。

周りの人間は、できるだけ目を向けないようにしている。燕尾服の男は、まるでその光景が見えていないかのように、ポーカーフェイスを崩さない。

若い男と年配の男性は、何かを言い合いながら廊下のほうに出て行った。
周囲に少しだけほっとした空気が流れた。

「まあ、色んな意見があるのは、それはそれでいいことですから」
場の空気をとりなすように、白髪の男性が眼鏡を拭きながら言った。誰に向かっていっているのかはよくわからない。そばにいた数人がわが意を得たようにうなずいた。

「出る可能性が0ってことはありえないんですよ。数学的に。
 どんな現象にも常に可能性があるわけです」
別の男性がつぶやいた。自らの言葉にむやみにうなずきながら、油のべったり付いた髪を神経質にこすっている。
「うん、いいこといいますね。そうですよ、0ってことは絶対に無いんですよ」
そばの人がやたらに褒めた。その場では妙にマニアックな確率論の話が始まった。不確定性原理がどうとか、不完全性定理がどうとかいう話だった。

  ***

場の空気が少し落ち着きを取り戻したときに、箱を中から叩く音がした。燕尾服の男は箱の中を覗き込んでみせた。

「おお、鳩が箱を中から叩いてますよ」
燕尾服の男の横に立った初老の男が微笑みながら言った。
周囲はいっせいににこやかな顔になった。口々に肯定的な感想をつぶやき始めた。ポジティブシンキングというのは、いいものだ。

先ほどの若い男ならば、「箱を手で叩いている音に似ている」などとことを言い出したかもしれない。
そもそも、燕尾服の男の手の角度が変なことに気がついたかもしれない。幸運なことに彼はすでに廊下に出ているので、誰もそんなことを指摘したりはしなかった。

「私、昔にも一度、鳩が出るマジックを見たことがあるんですよ」
「ええ、私もあります」
初老の男に賛同するように、髪を後ろに撫で付けた若い男が追従するように言い出した。声をたたて愛想よく笑う男だが、その声が妙に甲高い。
「あれは見事でした。そうですよね?」
とはいえ、その男が昔見た鳩のマジックは、ハンカチを丸めただけの変な物体が箱から少し顔を覗かせて、すぐ戻ってしまったというものなのだが、それは言わない。
きっと、初老の男の見たマジックでは、本当の鳩が出たに違いない。
ならば、彼が追従して少し大げさに言っても、ウソをついていることにはならないはずだ。

初老の男は柔和な目で笑いながら、何もいわずに頷いていた。

  ***

燕尾服の男が、咳払いをして何かを言い出した。
皆、ぎくりとした。

「鳩を出すのは、もう少し時間がかかりそうなんですが・・・
 いや、もちろん、出ますよ。出るんですが、ちょっと時間がかかる。 運の悪いことなんですが、私の乗らなければいけないバスがそろそろ出発してしまうので、もう少しでこの会場を後にしなければならないわけです。
 
 これで鳩を出すのをあきらめた、というわけではないのですが、後進の方に後をじっくりと引き継いでもらうことにして
 ・・・・もう一つ、別の芸を始めませんか?ねえ?」

しゃべる燕尾服の男の視線の先に、初老の男がいた。
初老の男はうつむきがちだったが、やがて意を決したようにボソボソとつぶやき始めた。

「ご推薦いただきましたので、ひとつ拙い芸ですが・・・
 ここにタネも仕掛けも無い一万円札があります。」

初老の男は皆の目の前で、それを4つに裂いて封筒の中に入れた。


語り部のコメント



オチが無いって?
まあ、サラリーマンの人生には大抵オチなんて無いよ。
僕の勤めているお堅い会社の名とか明記するとオチになるかもしれないけどね。

こうして、社会はオチない。



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