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つまり「問題」は・・・

アメリカの学者さんが、
「アメリカと日本は、時代遅れの戦後という構造から抜け出して、 お互いに問題を言い合える間柄に進化しなくてはいけない」
とか言ってました。

わかってねえ。
まったく、分かってねえよ。この人。
さすがはアメリカンというべきか。

日本にとって「良い間柄」とは
「言い合うような問題が無い間柄」のことだっつうの。

言い合いたくなるような事も、日本人同士の酒の席で適当、かつ、いい加減に発散して、次の日にはさも不満など無かったかのような素振りができる
これが日本人の「良い間柄」

言い合ったらそれが「問題」になっちゃうでしょうが。
なあなあで消滅させてしまえば「問題」さえ存在しなかったことになる。

こういう文化がある、ってことを認められないのが、イスラム社会と西欧社会の間の「問題」を引き起こしているんだけどなあ。



でも「問題」は現にあるじゃないか!というのは西欧の発想。
問題を口にせずに、当事者が年取って亡くなってしまえば、「社会的には」問題など無かったことになる。これが日本(というかアジア)の発想。

「真実」が、社会と独立にある、なんて、青臭いことを言い出すから、「問題」になっちゃうんだよー。青いよなあ、アメリカ。



問題は、「正しい」か「正しくない」かではなくて、「スタイリッシュである」「スタイリッシュでない」かなんでですよ。多分。
(スタイリッシュと無縁の僕が言うのもなんだけどさ・・・)

スタイリッシュでさえあれば、それは「文化」であって、「文化」は常に正しい。
・・・なぜなら正邪の判定とは「文化」が「自分自身への適合度合い」の判定を行うものだから。

その意味で「西洋的に正しくない」日本やイスラムは、十分にスタイリッシュである。
スタイリッシュでさえあれば、秩序は維持される。・・・僕みたいにそのスタイリッシュさに耐えられない人間もいるけれど、それはそれ。ホントの所、僕みたいにどうにも聞き分けの無い奴は、無視するか、殺しちゃえばそれでいい。社会の大部分は、それで安定化する。



だから、西洋的に「理解」しようとするから、「ありえなーい」とか言って破綻するのだ。ありえるんだって、君の世界のルールさえ放棄すれば。

「理解」されなくても、「尊敬」されていさえすれば、人間は現実に耐えていける。
尊敬に理解は必ずしも必須ではない。
最悪なのは「理解されて」「尊敬されない」という状態。
多分この「本当に求めているのは尊敬だけ」という事実は、本当は、洋の東西を問わない。でもまあ、こういう身も蓋も無い議論は普通はどうにも認められない。まあ実際、私も理詰めで意地を張っては人間関係を失敗するしね。

文化の差、か。
むずかしいんだろうなあ・・・。


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