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異邦人8月分脱稿

「異邦人たち」8月掲載分。ギリギリで終わらせました。
8/3(金)から、例のとおりコミホリにて公開予定です。
最近、手数足りなくて絵の作りこみ甘いかもしれないけど、ご勘弁。

*

で、脱稿して一息ついた。
脱稿だよ。脱肛じゃないよ。

相変わらずのことですが、原稿出す前は、
「原稿終わって無いのにブログ書くのも、なんか申し訳ないしなあ・・・」
と思って文章が書けずにいた。
原稿終わってみると、気合が抜けたのか、文章が書けない。

書けないんじゃねえか、単に。
一月以上書いて無いですよブログ。
まあ、たいへん。

*

いやね、奥さま。
なんか、時間を有効に使おうと思いまして、ネタ帳ノートを付けじめたんざますのよ。
ヲタキングの「ノート術話」に触発されましてね。
ブログを再開して書く気満々で。
そりゃあもう書く気満々で。
そしたら、ネタ帳のページだけ増えていって、ブログ全然書かないでやんの。
いやーもう。

あのほら、なんてえかな。時間だよね。人間の人生に必要なのは。
あとほら、なんてえかな。やる気だよね。人間の人生に必要なのは。

だってさ、最近どっちも足りないんだもの。
さっぱりだぜ。

まあ、今日は準備運動として、週末に何か書くのかなあ。
やっぱ、そうこういいながら書かないのかなあ。

*

なんか、書かなきゃいけない気はするんですよ。

世界が、色々と、週末っぽい雰囲気のイベントをバカスカ出している。
地震とか経済破綻とかなんとかそんなやつ。
これ大丈夫か?と。クライマックスか?と。シリーズ打ち切りか?と。

でも、そんな中でですね。
何かを書くべきかと考えると、何を書くべきかよくわからない。
考えたことは多いけど、他人に伝わりそうなことは少ない。

結局、人生ってそういうものなんだろうなあ。
語らなければ伝わらない。でも語るのには時間とやる気がかかる。
「伝わらない言葉」を紡ぐのに、どのくらいコストをかけるか。

まあ、こんな逡巡している暇があったら、なんか生産的なネタでも書いたほうがよさそうな気がしつつ、書く事が思いつかないまま、そうして今日も夜が更けるのであります。

*

こういうつまらない話を書くと、読者が逃げるから、面白い話しか書くな!
ってよく言われるんですけどねえ。
なんか、だんだん、すべらない話を期待される新人芸人みたいな気分になってきて、その呪縛に自縛して自爆。もう、とりあえず、なんかしゃべろうと。とにかくキーボード叩いてみようと。
なんつうかほら。コツコツとしか生きられないでしょ。
そういうもんだよ、うん。
多分そういうもんだよ、うん。
そうして今日も夜が更けるのであります。
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ごめんなさい

無事これ名馬といいますが、
・・・・・またしても、「異邦人たち」ひと月遅れます。
もう、なんかこう。
全然さっぱりです。
ホント申し訳ない。

この歳になると、趣味に時間割くなどできなくなるということなのか。
せつない。
もうしわけない。

脱Web引きこもり

しばらく、Webの世界から、引きこもっていた。

現実世界から引きこもりになるとWebの世界の活動が活発になるのだが、現実世界の仕事が込み合ってくるとWebの世界から引きこもるはめになる。
何とも大変な時代だ。

しかし、僕より遥かに忙しい師匠の先生は、facebookだかtwitterだかを使いこなして社交活動をしている。
してみると、webと現実の両立ができないのは、僕が基本的属性として引きこもりだから、かなあ。

なんにせよ、web活動を再開しなければ。
とりあえず、COOL ONLINEの情報をコピーしてくる準備中。

勉強とオタク

“Engagement”Appleの新しい教育・出版戦略
最近、「楽しいことが重要」論が、とっても盛ん。

僕は、僕個人としては、学校の時代から「面白いと思うことだけやる」という方針で生きてきた。まあ、たまたま理系文系芸術系、つまり体育会計以外の全ジャンルが個人的に面白かった。だからまあ、学校の成績は良かった。
そういう人間なので、こういう「面白い教育」という流れをどうこう言う権利はない。権利はないのだが、ちょっとこれってどうだろうなあ、とも思う部分もある。
・・・自分の人生を鑑みると。

日本語の「勉強」という言葉は、もともと「嫌なことをがまんしてやる」という意味らしい。
そういう意味からすると、僕とかは、勉強しないで生きてきたことになる。単にいろんなことがオタク的に好きだから、オタク的に詳しいだけのことだ。
一方、学校の授業が嫌いで嫌いで仕方なかった人間が、受験をして大学入学試験をクリアするのは、まさに「勉強」だ。こういう人は、「嫌なことをこなす方法」を知っている。
一方、僕は、「与えられた内容をやりたいと感じるコンディション」を作るのに時間がかかる。うまくハマれば強いが、ハマらないと厄介なことになる。

では、社会でどっちが強いかと言われると、微妙。
ストレスのかからないアイデアのブレストみたいなジャンルにでは、僕は結構強い。
でも、単純作業を延々とやらされるようなストレスには弱い。それは「勉強」してこなかったからだろう。だから今日も締め切りぎりぎりで論文書いているわけで。

「楽しい学習」では、そういったストレス耐性の低い人間が増えるだろうとは思う。一億総ラテン系化だ。・・・いや、オタク化の方が正しい言い方か。

歓迎(Engage)されていない状況でもしぶとく生きていく力、嫌なことを淡々とこなす力ってのは、すくなくとも一般的に見たら、知識よりも大事じゃないかなあ、と思う。

ちなみに僕は、ストレス耐性が足りず、注意力散漫な弱点の分を、愛想笑いで埋め合わせる戦略で生きている。これはこれで綱渡りだが。

終わらない物語

オワコンという言葉があるようだ。
「終わったコンテンツ」嫌な言葉だと、個人的には思う。

そもそも、子供の頃から流行ものとかあまり考えていない。
幼稚園の頃には、早朝からやっている再放送のマジンガーZに熱狂して、マジンガーZおたくになった。小学校の頃、古本市で買ったレンズマンに熱狂して、SFおたくになった※。アニメ化もされていたのだが、小説版レンズマン以外はよく知らなかったりする。

当然、周囲の子供でマジンガーやレンズマンなど知っているともだちは居なかったのだが、一人でいることが平気な人間だった。



ものを作る人間、とくにプロの人にとっては、視聴者の「数」が死活問題であるのは分かる。
でも、視聴者としては、世間の流行についていこうとする感情というのは、この歳になってもピンとこない。たぶん、持っている情報の量と早さを競うことに「勝ち負け」の感覚を抱くもんなのだろうなあ、とか推測はするんだが。
よくわからん。

まあ、そういう他人と同化したいという願望が、社会とビジネスの源泉なんだろう。
そういうズレが、ビジネスマンになれない理由なんだろうなあ、と凹みはする。



この世界で、活発に活動して、いろんな「業績」を残していくには、「多くの人に評価されたい」というモチベーションが大事なんだろう。ただ、仏教徒みたいな発想すれば、そういう願望が個々の人間を不幸にするのだろうし。

まあ、なんつうか。
単に読んでいる人間たちが終わるのだ。物語が終わる訳ではない。
結局僕らは、自分の乗っている電車の窓しか見えないのだろう。



いや、SFは広すぎるし深すぎるので、SFおたくなどというのはおこがましい。
「SFを知らない人にSFおたくと思われている人」というのが正確な表現だろう。
・・・という言い訳を言うこと自体が、SFおたくの特性だ。
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